20代女の、日常に思うこと

20代女性って多分みんな、こんな感じですよね?

ルーティンの恐ろしさ

「ルーティン=毎回決まって行う作業」らしい。

 

スポーツ選手のルーティン化はメリットがあるらしいが、日常生活ではどうだろう。

 

外出する際に戸締りをする。

当たり前のことすぎて、無意識にやっている行動の一つだと思う。

 

しかし、ふと襲ってくる「あれ?鍵閉めてきたっけ?」

 

絶対閉めたはずなのに、ふつふつとわきあがる不安感。

結局戻って確かめると、きちんと閉まっているのだ。

 

鍵の閉め忘れに限らず、ガスの元栓閉めたっけ?テレビやエアコン消したっけ?など、毎日無意識に繰り返す行動は、「無意識」なせいで、意識すると途端に気になってしまう。

 

私の母は、ガスの元栓を閉めた証拠写真を撮って、外出先で気になったときに確認できるようにしているらしいが、毎回外出する前に家中の気になるところを撮影する余裕のある人は、そういないだろう。

 

そこで私が考え付いた方法は、指差し呼称

 

戸締りをする際に「よし!鍵閉めたぞ!」と声に出し、意識して行うのである。

また、急いでいなければ、ドアノブを引き、きちんと閉まっていることを確認する。

 

日々のルーティンは本当に恐ろしい。

…いやルーティンが恐ろしいのではない。

恐ろしいのは、その行動があいまいな記憶でしか残らないということだ。

 

大人になってから毎日が同じことの繰り返しで、何月何日の何曜日にどんなことをしたか、スケジュール帳やInstagramを確認しないと正確に答えられなくなった。

スケジュール帳やInstagramの記録は、母の証拠写真のようなものだろう。

自分の記憶の足りないパーツを埋める手段を、脳みそ以外で補っているのだ。

 

子供は新しい経験や知らない情報が多く、たくさんのことを学び、充実した日々を過ごす一方で、大人になればなるほど、新しい経験にも知識にもそう巡り合えない。

そのため、歳をとればとるほど、月日の経過を早く感じるらしい。

 

私も毎日同じ時間に起き、朝食をとり、出勤し、いつもの仕事をこなし、帰宅してからもやることは変わらない。

そんな生活を繰り返せば繰り返すほど、ルーティン化していき、無意識な生活は記憶に残らず、気づいたら今年で25歳。

 

もはや、そんな無意識な生活が癖づいているのか、10代後半から今までの記憶も危ういレベルなのである。

 

私は、思い出を記憶に残したい。

おばあちゃんになってから、20代の頃は…って話したい。

 

これからは何事も意識して生活することで、戸締りの習慣だけでなく、私の記憶の質も変わるかもしれない。

 

戸締りの話から、少しばかりセンチな流れになってしまった。

私は少し、脱線しがちだ。